講 演

「旧寿原邸の保存とリノベーション」 2017年12⽉9⽇(⼟)
駒⽊定正:北海道職業能力開発大学校 特別顧問 駒⽊定正建築史研究所

1.旧寿原邸の沿革と寄贈

1-1 旧寿原邸と東雲町の邸宅

旧寿原邸(東雲町79)は、元来高橋直治が1912年(⼤正元)に創建した住宅であり、寿原家が大正期に移転した。この建物のある東雲町は市街地の小⾼い丘陵に位置し、その頂には水天宮の境内がある。旧寿原邸は水天宮の北に隣接し、さらにその先には小樽を代表する大邸宅の板谷邸と名取邸が向き合っていた。しかし、板谷邸の和館は改変され、名取邸は取り壊されてマンションに建て替えられた。この様な状況から、旧寿原邸は⼤邸宅のあった東雲町において邸宅の趣を今に伝える随一の建物といえる。

旧寿原邸

旧寿原邸

1-2 建物と庭園

旧寿原邸の敷地は⽔天宮から北に下る斜面にあり、建物の配置はその斜面を利用して3棟が並立し、階段状の廊下で結ばれている。⼀番北には玄関のある主屋と石蔵があり、一段上がった中間には洋間のある応接棟、最も上段の水天宮側には座敷の客間棟が並んでいる。庭園からは小樽港を眺望でき、「応接間から見ると木や花の間からポッカリと⼩樽港が浮かび上がり、何か広大な池の様な感じ」と言われている(北海道新聞、1986年11月26日)。この庭を最初に手掛けたのは坂本造園の初代であり、その後、荒れていたので故・市島英夫氏(市島造園)が復原した。⽞関脇の樹⽊の剪定も同氏が整備した(1994年(昭和69)5⽉21日聞き取り)。

茶の間

茶の間

応接間

応接間

座敷

座敷

1-3 旧寿原邸の寄贈

1986年(昭和61)12月1日に故・寿原外吉氏(株式会社スハラ会長)の妻・ハツヱさんから旧寿原邸を小樽市に寄贈された。「長年⼩樽市にお世話になったお礼をしたい。どうか有意義に使って下さい」とのコメントを北海道新聞(1986年12月2日)は伝えている。同紙によれば、市の試算では時価1億4000 万円の寄贈であったという。

<引⽤>
『⼩樽市の歴史的建造物 歴史的建造物の実態調査(1992年)から』日本建築学会北海道支部編、⼩樽市教育委員会、1994年
『⼩樽の建築探訪』 ⼩樽再生フォーラム編、駒⽊定正監修、1995年

2.寿原外吉の略歴と事績

寿原外吉

1-1 旧寿原邸と東雲町の邸宅

1901年(明治34)12月3日⽣まれ、1985年(昭和60)年7月逝去
富⼭県西礪波郡福岡町大字下蓑村2239番地(現富山県高岡市福岡町下蓑)
⼾主・酒井仁十郎の四男
1920年(大正9)11月11日 寿原家に入籍
1929年(昭和4)8月30日 分家
1934年(昭和9)小樽商工会議所議員、小樽市会議員(3期連続当選)
1951年(昭和26)札幌証券取引所理事⻑(14年間)
1955年(昭和30)9⽉ 小樽商⼯会議所会頭(15代、~1965(昭和40)11月)
1985年(昭和60)12月1日 寿原記念財団設立
<引⽤>
『壽原重太郎傳』壽原重太郎翁古稀記念事業会、1939年
『壽原商事株式会社五⼗年史』壽原商事株式会社、1941年
『スハラ食品七⼗七年の軌跡』スハラ食品、1984年
『⼩樽商⼯会議所百年史』 ⼩樽商⼯会議所、1997年

「公益財団 寿原記念財団」について
設⽴趣旨:故寿原外吉が科学技術の振興を願い5億円の出損(しゅつえん)によって設立。その後、遺族から5億円の寄付があり、総額10億円の基金をもとに運営している。自然科学の分野で優れた研究活動が期待される北海道において研究を行う個人または団体、グループに助成金を給付し、1986年度(昭和61)から2016年度まで、助成者数279名、総額5億5089万円の実績をあげている。
<引⽤>
公益財団寿原財団 suhara.or.jp
寿原外吉

資 料

〈旧寿原邸立面図〉

旧寿原邸立面図

〈旧寿原邸平面図〉

旧寿原邸平面図

旧寿原邸付近見取図