公演、ワークショップ

田仲ハル 身体の開放ワークショップ、舞踏公演「あずきの家」 2019年10⽉27⽇(日)

田仲ハルワークショップ

事業スケジュール

事業スケジュール

一般人を対象とした舞踏ワークショップでは、旧寿原邸の1階和室にて、10名が参加。
舞踏の基礎である様々な歩行法や、そのメソッドを体験した。
2時間の間、一度10分ほどの休憩を入れてそれぞれが実際に舞踏を体験することによって、今後の見方が変わるきっかけとなった。 
内容は、舞踏の初歩的な説明からはじまり、アシスタントを用意して田仲の言葉に誘発される動きを実演。 吉田がシンセイザーで低い地鳴りの音から高い金属音まで様々な音階を示し、ダンサーがその音階を身体の部位で感じ、部位をしっかり意識して踊るという独自のメソッド。
田仲が細かく「言葉」を与え、全員がそれを共有することで、一つの群舞が生まれるという振付法。 次に自分の身体を一本の花にたとえた歩行法、続いて灰の柱となって歩く灰柱の歩行。
身体を空っぽにして一粒づつかすみ草が入ってくるイメージをして宙に飛ぶ歩行法。 イマジネーションをフル稼働して、身体の内側にあるものを拾い出す舞踏の実践法など。
また緊張と脱力の繰り返しによる具体的な舞踏の振付方法などが体験された。

田仲ハルワークショップ1
田仲ハルワークショップ2
田仲ハルワークショップ3
田仲ハルワークショップ4

2019年10月27日(日)、「市立小樽美術館40周年記念事業」の一環として、小樽市指定歴史的建造物である「旧寿原」において、小樽市内在住の舞踏家・田仲ハルによる舞踏公演とワークショップが開催された。
一般人を対象として「舞踏ワークショップ」、「舞踏公演」、「アフタートーク」 による3本立ての企画で、来場者が舞踏の世界に触れた。
小樽を代表する実業家・寿原家の邸宅で行われる当イベントでは、その公演内容を「小豆将軍」として著名な雑穀商高橋直治の創建した建築にちなみ、「あずきの家」と命名されたものになった。

主に田仲ハルが舞踏を演舞、他に弟子2名、音楽演奏の吉田成道の計4者の出演となり、舞台は田仲と吉田の即興演奏を中心とした演目で約1時間の舞台を終えた。
3階の大広間を舞台として39名の観客が舞踏を堪能。
来場者は世代も幅広く、これまで舞踏を知らなかった世代にも日本の文化財産としての印象を決定付け、また海外からの来場者達も見え”舞踏の世界に広がる認知度”も改めて感じる公演となった。

公演後のアフタートークでは、「北海道コンテンポラリーダンス普及委員会」の会長、また世界中で年々認知されつつある「北海道舞踏フェスティバル実行委員長」を務める森嶋拓と田仲ハルとの対談形式で行われた。

トークのテーマは「世界に広がる舞踏の魅力」と題して、1960年前後に日本で生まれた舞踏の発祥の秘話から現在の発展への経緯や、創始者である土方巽にまつわるエピソード、または田仲の創作方法に至るまで。
来場者からの質疑応答も含めて30分ほどのトークとなった。 

田仲ハル舞踏公演1
田仲ハル舞踏公演2
田仲ハル舞踏公演3
田仲ハル舞踏公演4

田仲ハル(舞踏家・振付家)

田仲ハル写真

田仲ハル(1964-)は、舞踏の実現者であり、谷川俊太郎とのコラボレーションや、国内外のアーティストとの共同公演、ツアーを行い、近年は「北海道舞踏フェスティバル」で3年連続招待作品を発表。 2019年には北海道舞踏フェスティバル と「台湾インターナショナル・ダークネスダンスフェスティバル」の提携により、招聘され、当地チケットがソールドアウトになるなど好評を博しました。
田仲は17才の旅の途中で1980年代当時小樽海猫屋で操り広げられていた「北方舞踏派」を知り、その稽古場に足を踏み入れます。 さらに上京して、舞踏の礎を開いた伝説的な人物、土方巽と邂逅し、以降は独自のメソッドによるソロ活動を続けました。

このたび、地方創生推進事業である「建築ストックまちづくり推進事業」のアートイベント事業として、小樽市東雲町の水天宮北側に建つ「旧寿原邸」を会場に、田仲ハルによる、1.舞踏ワークショップ 2.舞踏公演+トークイベントを開催いたしました。

大正元年の数寄屋破築である「旧寿原邸」は、小豆将軍と呼ばれた高橋直治が創建し、その後小樽を代表する実業家・寿原外吉が自らの邸宅として使用したものです。 かつて繁栄を極めた小神を象徴する建築のひとつで、1階和室、2階洋間、3険大広間という構造になっています。 田仲ハルの舞踏の原点は小樽であり、「旧寿原邸」は舞踏ワークショップ・公演の題材としても相応しいものです。
市立小樽美術館開館40周年を記念して、リノベーションした歴史的慮造物「旧寿原邸」と舞踏を連動させた新たな魅力を創出し、市民の皆さんがこの地を訪れる機会となりました。

舞踏とは

舞踏は、日本の舞踊家土方巽を中心に形成された前衛舞踊の様式で、前衛芸術の一つ。
日本国外では単にButoh(ブトー)と呼ばれ、日本独自の伝統と前衛の混合形態を持つダンスのスタイルとして認知されている。

1962年からは、他の前衛グループとのコラボレーションもさかんに行われ、音楽や美術 作品、映画の撮影者を含めた総合芸術的なスタイルを取った。
舞踊界への「反逆」ともいえる試みは、話題を呼び、加藤郁乎、澁澤龍彦、瀧口修造、 埴谷雄高、三島由紀夫などの作家は舞踏に魅了され、土方とともに舞台にまであがるほどだった。

1970年代より欧州では室伏鴻らが独自に活動をすすめ、のち白桃房や大野一雄らの招聘公演の基盤となり、以後、欧州で認知されるようになった。
1980年代に入ると、天児牛大が率いる山海塾のワールドツアーが大きな成功を収めるなど、舞踏は世界的な広がりにおいて注目を浴びた。
深夜番組やサブカルチャー雑誌、男性向けの各種週刊誌で山海塾や白虎社などが紹介され、再度一般的な認知度が高くなった。
日本での評価は、逆輸入的な一面がある。 1986年に土方巽が没した後も世界中で発展を続け、現在はアメリカ、ヨーロッパ、南米、 アジア諸国に広まり、各地で「舞踏フェスティバル」が開催される。

慶應義塾大学の「土方アーカイブ」には、土方の膨大な資料が保管されてあり世界各国から舞踏研究者や舞踏ダンサーが連日のように訪れている。
また土方の故郷秋田では「土方巽記念秋田舞踏会」があり行政や民間と共に盛り上がりを見せている。

北海道では田仲ハルらが2017年から「札幌インターナショナル舞踏フェスティバル」や 「北海道舞踏フェスティバル」を開催し、各国のメディアから取材を受けるなど、独自の発展を展開中である。

舞踏紹介写真

ワークショップ 参加者アンケート

参加者アンケート

満足度の理由

■色んな方々の舞踏ワークショップを体験してきましたが、やっと決心が付きました。解りやすい説明で、今までの感覚だけと違い理解が深まり ました。素晴らしい場をありがとう。
■体に音の感覚を持っている人間なのでとても共感しました。
私は場所・場所によって逆憑依してしまい日常が大変なので自分が今何をしているか意識し立脚点を持つ舞踏は幽玄でいてとても現実的に物事を捉えている人達の集まりなのだと感じました。面白かったです。
■歴史的建造物の中に入ってみたかった。
■初めて舞踏を踏まえる機会があると凄く嬉しくて満足しています。公演者が賢かったので勉強になりました。
■和室と舞踏
■建物が素晴らしかった。
■煩悩……お腹一杯です。1970年代に放り込まれたようでした。途方にくれた。
■ワークショップに参加させていただきました。一流のアーティストの考え方や技術を歴史ある邸宅で取り込む。本当に素晴らしい体験になりました。是非今後に活かして行きたいです。もっと北海道の歴史に触れて行きたいなと感じました。ありがとうございました。
■小樽の古い建築物も維持が大変なせいか何も使われていない場所も多い。そんな中でこういった活用はとても良いことだと思います。
■建築も舞踏もとても小樽らしくこれからも大切にしていくべきものだと思います。
■何か面白い。初めて田仲ハルという人物を知った。
■舞踏は素晴らしいですよ。
■音との融合。
■バックの景色とのコントラストが素敵。
■歴史の深い場所で日本固有の舞踏は融合する意味でも興味深い。

今後に期待すること

■今回の公演のようなものをどんどん行って欲しいと思います。
■古い建物は小樽の財産だと思います。今後の維持・活用に加え行政の予算化を望みます。
■もう美しいですよ。
■作り直し過ぎないこと。
■見学会の定期開催
■いくらでもある。
■小樽市の昔の建築が残れば嬉しいと思います。
■野外・忍路のストーンサークルで舞踏を行ってほしい。
■小樽の街並みは幼い頃から憧れていたのでこれからも壊さず残して欲しいです。
■建物の保全が大変ですね。しかし昔の方が建てた土壁その他、色んなものをきちんと後世に伝えつつ、ストックと言わずどんどん使うべきだと思います。宝の持ち腐れにならないように頑張ってください。他団体と一緒にもう少し色んなことを協力して行ければもっと良くなると思います。札幌から見ていると色んな団体が色んなことでバラバラにイベントをしているように思います。

集計数  ●舞台公演39名 ●舞踏ワークショップ10名

構成・演出・振付
田仲ハル
出演
田仲ハル、髪立ツカサ、Akiyo、吉田成道(音楽)
写真撮影
yixtape
照明・音響
株式会社ラツカ
映像撮影・編集
溝口俊茂
アフタートーク司会
森嶋拓
主催
市立小樽美術館